喉頭機能外科 : VI 喉頭の機能外科 : 実験18 輪状甲状筋転置術による声帯再運動化
: VI-7 麻痺声帯再運動化手術
: VI-8 その他の手術経験


実験18 輪状甲状筋転置術による声帯再運動化

実験目的

輪状甲状筋の一部 (pars recta) の甲状軟骨への付着部を披裂軟骨突起につなぎ変える事によって声帯運動が造るか否か.

実験方法

生犬7匹を用い, 麻酔下に声門上切除を行ない声帯を明視下におく (5匹). 但し後に行った2匹では声門上切除を行なわず, グラスファイバー式喉頭直達鏡にて観察, 16mm カラー映画撮影を行なった. 一側反回神経切断, 同側披裂軟骨筋突起を露出, ナイロン糸をかける. 一方, 甲状軟骨では同側, 前筋直部の付着した甲状軟骨 (Tuberculum thyreoid. inf.) を弧状に切断, 内側に絶凹せしめると同時に, 先に筋突起にかけた糸を前筋 + 甲状軟骨片よりなる筋軟骨有茎弁の軟骨部または筋肉部に通し結ぶ (図178). 吸気時, 呼気時,発声時, 前筋刺激時の声帯運動を観察記録した. また, 下甲状軟骨隆起 (Tuberculum thyreoid. inf.) の弧状切開部, 糸のかける際の緊張度の影響を検討した.

実験成績

A] 甲状軟骨窓状切開により筋突起に達した場合 (Kelly 式筋突起到達法)

初期段階における実験 (犬3匹) では筋突起到達法として Kelly 氏手術法に準じて行った. すなわち, 筋突起に至る最短距離は甲状軟骨翼後下 1/3 に窓をあける Kelly 法により得られると考え, 同法を試みた. 所が, 実際行なってみると,

  1. 窓が狭く手術操作が困難で筋突起に糸をかけにくい.
  2. 手術操作中に声帯浮腫著明となり, 声帯, 仮声帯が正中方向へ膨隆してしまう.

以上の欠点により声帯再運動化も明らかでなく, 音声は声帯浮腫のため, 満足すべきものとは全くいえなかった. 従って本法を断念, 次の方法を試みた.

B] 甲状軟骨後縁より筋突起に到る法

Woodman 法に準ずる衝突転到達法を4匹の犬に行いかなりの改善が見られた. 実験所見ならびに, 手術に際し特に注意すべきと考えられる点は以下の如くである.

  1. 声帯後縁より披裂軟骨筋突起に至るアプローチは比較的容易 (犬では筋突起隆起が人 間ほど明らかに触れない) である. 声帯浮腫も来さない.
  2. 前筋直部の筋突起へのスイッチにより自発発声時, 麻痺声帯の再運動化を認める. 但しそれは健側の1/3程度である.
  3. スイッチ後, 自発々声時, 前筋を電気刺激すれば, 麻痺声帯の著明な内転運動が認められる.
  4. 蘇薄声帯再選動化のためには, a) 前筋ならぴに同支配神経を障害しない事. b) 前筋と筋突起とを結合する糸をあまり強く結ばぬ事. c) 筋突起を牽引する糸の方向があまり前方正中寄りだと (lateral cricoarytenoid よりlateral thyreoarytenoid に平行だと) 声帯の短縮効果が著明になる.
  5. 下甲状軟骨隆起における弧状切開 (図179) は甲状軟骨下縁をよく触診後行なう. あまり小きな軟骨片だと前筋との断裂が起こる.
  6. 同軟骨片を甲状軟骨翼内側に, もぐり込ませるため, 同部の剥離が必要.
  7. 前筋の軟骨筋弁と筋突起を糸で結ぶと, a) 披裂軟骨の回転, b) 軟骨片の申状軟骨下へのもぐり込み効果により, 前筋が働かなくても声帯は正中方向へ移動し, 音声は改善する.
  8. 長期的効果は軟骨片相互の癒着の問題もあり, 未だ不明であり, 長期観察にまたねばならない.

犬実験における実験成績解釈上の注意

犬, 猫における実験では反回神経切断後, 神経端々吻合その他の手術法により, 声帯の再運動化を認めた報告は多い. ところが臨床例は極めて稀である. 人間喉頭と犬, 描の喉頭との酵剖学的差異といってしまえばそれまでであるが, 筆者のこの種の実験を行って来た印象では, 犬では反回神経切断後放置しておいても外喉頭筋の強い代償作用のためか, 麻痺声帯の再運動化がある程度認められる様になって来る. 従って声帯の再運動化が神経縫合によって起ったものか, その他の手術手技により起ったものかの確認には是非, 声帯運動復活時又は後に, 再び吻合した神経の切断, あるいは移植した筋神経弁の切断により声帯運動が停止する事を確認せねばならぬ.

臨床症例

以上の実験成績から前筋スイッチによる麻痺声帯再運動化は理論的に予期するよりも容易ではない事が判った. しかしながら再運動化は起こらなくとも, その効果は

  1. 披裂軟骨回転による声帯内転
  2. 軟骨片の甲状軟骨下陥入による声帯内方移動

があり, 発声時声門大間隙例に用いる価値があるのではないかと考え1症例に試みた.

症例41 A.0. 54才 女性

甲状腺術後反回神経麻痺, 大声門間隙, 声帯レベル差 (麻痺側高位) を認める. 局麻下に患側甲状軟骨, 輪状軟骨を露出, 図179の如く披裂軟骨筋突起露出, 筋突起ならびに側筋に糸をかける (1と2). 甲状軟骨下隆起に切片, 筋軟骨弁を作製, 筋突起に結んだ糸を前方に出し軟骨片に出し, ゆるく結ぶ. 声を聞きながら糸の締め具合を色々試みる. 結局ある程度, 強く結んだ所で声は最適となり術を終る. 術後音声は著明改善したが (R 2.4, B 2.4, A l.8, D 3.0, → R 0.8, B 0.8, A 0, D 0.8,) 声帯は不動であった.

考按

前筋スイッチにより理論的には声帯は内転する筈である. それが予想外に効果が少いのは

  1. 筋軟骨弁の軟骨片を甲状軟骨裏面に無理に押し込む様になるので, 軟骨部で機械的に運動制限をしている.
  2. 前筋々力が弱いか, 前筋も同時に麻痺ないし不全麻痺となっている場合が考えられる.
  3. 筋突起へのアプローチの際, 上喉頭神経外枝を障害せぬ様, 詳細にわたる手術手技の検討が将来必要である.

【まとめ】

麻痺声帯再運動化手術の一可能性として 前筋 (輪状甲状筋) の披裂軟骨突起への転置術(cricothyroid muscle switch)を試みた.
実験的には ある程度の再運動化に成功
臨床的には 1例において再運動化はみられず, 但し声帯内転のため音声は著明改善
声帯再運動化実現への臨床的問題点としては 1) 前筋の筋力, 2) 同筋, 支配神経の障害防止法, 3) 軟骨片, 甲状軟骨翼接触による機械的抵抗, 4)術後癒着などがあげられる.

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Last update: March 12, 1999