喉頭機能外科 : II 発声のメカニズム
: I 緒言
: II-1 声帯の2質量モデル


II 発声のメカニズム

本研究の主課題とは離れるが, 発声障害の機構を理解するには, まず正常発声振動機構を理解する事が是非必要であるので, これについてまず簡単にのべる.

音声は声帯の開閉運動(振動)により呼気流が断続され発生する.

声帯振動のメカニズムとして閉じた声門は声門下圧により押し広げられ, 声門の閉鎖は 1) 空気流出による声門下圧の低下, 2) 声帯弾性による声帯の復元力, 3) べルヌーイ効果による声門部の陰圧により声帯が吸引されるという考え (van den Berg: myoelastic aerodynamic theory 1958) が一般に認められて来た様である.

―方, 声帯振動の観察方法の進歩に伴い声帯粘膜の波状運動が重要な事が判って来た. Trendelenburg は摘出喉頭を用いた実験で声帯振動は水平方向と上下方向の複合運動であるとのべ, 切替は人間の発声時声帯運動をストロボスコープにより詳細に観察し, 声帯辺縁の運動軌跡は水平方向の直線的なものではなく, 斜上外方に向う楕円形である事を明らかにした.

Smith は特にべルヌーイ効果との関連で粘膜移動性の重要性を強調した.

広戸は声帯振動の高速度映画分析より, 胸声発声時, 声帯粘膜の移動性, すなわち声帯振動時に, 上唇と下唇との間に位相のずれがあり, 声門閉鎖はまず下唇より始まる事を報告し, (図1, 2), 声帯粘膜関与に重点をおいた mucoviscoelastic aerodynamic theory を提唱した.

Sch[o"]nh[a"]rl もストロボ所見から声帯粘膜波動を認め, 声門閉鎖は下唇から始まるとした. 金子, 石坂は声帯各層のスチフネスの差を明らかにし, 平野は声帯各層の物性と組織的所見との関連に基づき, 粘膜移動性 (ボディとカバー) についての裏づけを行なった.

嗄声を来す多くの喉頭疾患でストロボ所見上, 声帯粘膜の波状運動を認めなくなるという臨床経験からしても, 声帯振動にとって粘膜移動性が重要な事はよく理解され, 臨床家の―致した考えでもあった.

Sch[o"]nh[a"]rl が声帯辺縁移動 (Randkantenverschiebung) をストロボ所見中最も重要所見の一つとしている理由でもあった.


【疑問点】

さてこの様に声帯振動機構はかなり解明されたかの如く思われるが, より詳細に検討してみると不明の点が多い. 特にベルヌーイ効果による声門陰圧がはたして, どの程度, 声門閉鎖に関与しているか, 声帯振動のどの瞬間にどの位相で, 働くのか. 粘膜移動性が何故それ程声帯振動にとって重要か. これらの問題が定量的に解明されぬ限り, 真に声帯振動機構が解明されたとは言い難い.

石坂は声帯振動時上下唇に位相差を生ずるという広戸の報告にヒントを得て, 新しい声帯振動理論 (2質量理論) を立てた. すなわち, 流体カ学的理論とモデル実験により発声時声門部の気体圧カ分布を求め, 声帯弾性にもとづくカとの相互関係から声帯振動の起る条件を求めた. その結果声帯が上下2唇に分れて振動する (two mass) 方が1唇 (one mass) として振動するよりはるかに振動しやすく且つ安定しているとし, 発声機構の本質的部分を明らかにした. さらに理論モデルに生理的条件 (パラメター) を与え, 計算機による声帯振動合成に成功した. two-mass 理論により始めて, 粘膜移動性の意義が理解しうる様に思われる. 以下その概要を簡単に記する.


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Last update: March 16, 1999