喉頭機能外科 : III 発声障害のメカニズム : 実験3 声門閉鎖度, 声門下圧, 呼気流率と音声
← : 実験2 声門閉鎖力, 声門面積と声帯振動
→ : III-2 声帯緊張不均衡
実験2で声門閉鎖度と嗄声の関係がかなり明らかとなったが, なお定量的関係, とくに声門下圧, 呼気流率の時間的変化に対応した音声の変化が明らかでない. そこで本実験では振動パターンはさておき, 上記パラメター間のより定量的関係を知る目的で実験を行った.
摘出喉頭4ケを用い, 実験2と同様の set-up により人為発声を行った. 本実験では時間的推移に重点をおいたので, 音声, 声門下圧 Ps, 呼気流率 U の同時記録 (データレコーダ→ビジグラフ) を行い, 吹鳴は弱, 中, 強の3段階で各声門条件につき各々3回行なった.
声門閉鎖度はスチール撮影を行い, 後刻声門面積 Ag0 の計測を行なった. なお流率測定には熱線流量計 (ミナト式, 検査の項に詳述) を用いた.
得られた3パラメター曲線につき発声開始時声門下圧 Ps, 呼気流率 U を求め, また U については直流分と交流分の比を求めた. この意味については, 検査の項で詳述する. 録音した音声は数人の検者により聴覚判定を行なった (RBAD 因子).
図22, 23, 24 に実験結果を例示する. 図22についで説明すると前筋 20, 側筋 0g, 横筋 20g, Ag0 は 0.071 と大である.
呼気小 (声門下圧 16.7cm H2O では全く声が出ず無声(1), さらに圧を高めると 21.6cm H2O で初めて声 (気息性嗄声) が出だす(2). さらに呼気をふやして行くと 30cm H2O で声がわれ diplophonia (二重音声) ないしR型嗄声となる(3).
グラフの中段の曲線は呼気流率を示しているが, この曲線につき直線分と交流実効値分( (最高-最低)/(2√2) で近似) を求めると, それぞれ(1)で AC/DC = 0.09 最低値 756, (2)の高い声門下圧時では AC/DC = 0.17 最低値 1048 で AC/DC が 0.5 よりかなり低い値を示している. (この詳しい説明は検査の項参照)
図23では前筋 20gr 側筋 20gr, 横筋 20gr, Ag0は 0.013 と嗄声境界値である. 呼気小 (声門下圧 17.1cm H2O) では無声, 21.9cm H2O で声 (軽度気息性嗄声) が出だし, 一旦発声しだすと声門下圧が17cm H2O 以下に下っても発声が続く. さらに呼気をふやして行くと 34.7cm H2O で図22と同様, 声が割れ diplophonia(二重音声)ないしR型の加わった嗄声となり, 声門下圧が下れば元通り気息性B型嗄声となる.
流率については (2) で AC/DC = 0.37 最低値 237 で完全に0にはもどらない. (3) の ps = 24.5〜34.7cm H2O では AC/DC = 0.35 最低値 282 である.
図24では前筋 0gr, 側筋 50gr, 横筋 50gr, Ag0 = 0, ps = 9.4 で発声開始, psを上昇 (→14) せしめても, 声の強さがますのみで正常声と変りなく, AC/DC は 0.59, 0.48, 0.61, 最低値は 30, 71, 40 と声門完全閉鎖を示している.
正常声と嗄声ではこの関係はかなり異なるので区別してのべる.
Ag0 がある限界内 (例えば 0.01 より小) にあると, ほゞ正常声を発声するが, この Ag0 条件下で声門下圧を漸次上昇せしめれば, 遂に嗄声となる. すなわち必ず無声→正常声→嗄声 (二重音声 BR) となる. この無声→正常声となる声門下圧(必要最低声門下圧)は Ag0 が小さい程低い. 但し, あまり声門が強く閉鎖されれば, この必要最低声門下圧は却って高くなる. またこの発声に必要な最低声門下圧は, 声帯緊張度によっても影響され, 緊張が高い程, 圧も高くなる.
この関係をより明らかに示したのが図25である. 声門閉鎖は (側筋 50gr, 横筋 20gr) ほぼ完全な状態で一定とし, 吹鳴の途中で前筋を 0gr, 100gr と交互にかえている. 0gr の時は発声するが (必要最低声門下圧が低いので) 100gr を, のせると必要最低声門下圧が高いので発声しなくなる. これは過緊張性失声症のメカニズムであり, 生犬を用いた自然発生時の反回神経又は前筋の電気刺激によってもこの現象は起る (後述).
必要最低声門下圧は2つの因子により左右される. すなわち声門閉鎖不全度が高度な程 (Ag0 が大きい程) 嗄声を発声するのに必要な最低声門下圧は高い. Ag0が同じならば声帯緊張度が高い程必要最低声門下圧も高い.
この声帯緊張度と必要最低声門下圧との関係は既述の正常声に対すると同様嗄声についてもいえる.
また嗄声の種類によっても異なる. 声門間隙がやゝ大でB型嗄声の場合, 必要最低声門下圧は乱流を起す声門下圧で決り, 徐々に弱い雑音を生じ始めるが, やゝ Ag0 が小さく, 不規則声帯振動を伴う場合にはかえって必要最低声門下圧は高くなる.
声の能率に関する理論は検査の項で詳述するが, この実験においても正常と判定された声の AC/DC は平均 0.56 (0.48〜0.61) 軽度嗄声平均 0.37 (0.30〜0.42), 中等度以上では平均 0.19 (0.08〜0.37) であり, 声の能率が極めて興味ある指標となりうる事が判る. 但しR型嗄声では能率は比較的良い.
流率の瞬時最低値は声門が完全閉鎖するならば0になる筈であり, 声門閉鎖度との関連が予想される, 実験結果でも, 声門間隙 Ag0 が増加すると共に, この瞬時最低値も増加している. この事から瞬時最低値は声門が発声中どの程度完全に閉鎖するか (Agmin) を現わす指標となりうる事が示唆される.
嗄声の治療にあたっては (左右声帯不均衡の問題はひとまず除き) 声門間隙 (Ag0), 声帯緊張度を主とする声帯物性, 声門下圧の何れに支障があるために起るのか, 支障とは過大か過小か, を見極めて治療する必要がある.
図28, 29, 30 にみられる如く問題となっている嗄声がどの領域にあるかにより, Ag0 を狭くする, あるいは緊張度を変える事により発声条件を正常発声領域に移動せしめるわけである. 過緊張性嗄声を除き, Ag0 を小さくしてやれば一般に正常発声領域内に近づくか, 又は入る. 声門下圧は(心因性失声症を除き)ある広い範囲の適正域であれば臨床的にあまり問題はない.
注意点 考えねばならぬ点は, 声帯緊張度を主とする物性 (その他 粘膜移動性, 減衰率など) である.
声帯緊張をゆるめた方が良いのか強めた方が良いのか, その鑑別診断が肝要である.
声門下気流がなく声帯が発声するためにセットされた状態を想定し, この際の声門面積を初期声門面積 Ag0 (glottal area at intial (0) condition) と仮称する.
Ag0 (声門間隙) が一定限界値 (0.01〜0.05cm2) 以上になると声は嗄声になる. (声門閉鎖不全性嗄声). この場合, 声門下圧, 声帯物性, Ag0 の大きさにより, 気息性又は粗[米造]性嗄声となる.
極めて大きい声門間隙では無カ性ないし気息性嗄声を生ずる. 中等度声門間隙では声帯過弛緩あるいは過緊張では気息性, 軽度〜中等度緊張では粗[米造]性嗄声となる傾向がある.
Ag0 が限界値より小 (<0.01) つまり声門間隙が極めて小さければ嗄声とならず, 声帯振動時声門は完全閉鎖する. この場合でも過度の呼気を与えれば粗[米造]性嗄声となる(過声門下圧性嗄声). 声門が過度に強く閉鎖 (Ag0<0) していると充分高い声門下圧がないと嗄声となる(過閉鎖性嗄声).
声の能率係数 (AC/DC), 瞬時最低体積速度 (Ugmin) は, 声帯振動状態をよく現わし, 声の嗄声度, 声門閉鎖不全度とも深い関連をもち診断上有意義である.
Ag0 ^ | +--→ 気息性嗄声 | | | 無声----+--→ 正常声 → 粗[米造]性嗄声 (二重音声) | +-----------------------------------------------------→声門下圧
声帯緊張と必要最低声門下圧:声帯緊張が増せば必要最低声門下圧も上昇する.
喉頭機能外科 : III 発声障害のメカニズム : 実験3 声門閉鎖度, 声門下圧, 呼気流率と音声
← : 実験2 声門閉鎖力, 声門面積と声帯振動
→ : III-2 声帯緊張不均衡