喉頭機能外科 : III 発声障害のメカニズム : 実験2 声門閉鎖力, 声門面積と声帯振動
: III-1 声門閉鎖不全
: 実験3 声門閉鎖度, 声門下圧, 呼気流率と音声


実験2 声門閉鎖力, 声門面積と声帯振動

実験目的

  1. 正常声から嗄声となる限界声門面積 (critical Ag0) を声門下圧, 声帯緊張度との関連において求める
  2. 各声門条件下における声帯緊張度 (前筋筋力) と声門下圧の音声に及ぼす影響
  3. 声帯振動パターンと音声との関係
  4. 声門条件と声帯振動パターン

実験方法 (図9)

(A) 新鮮摘出喉頭 (人4, 犬5) を用い固定枠に輪状軟骨を固定, 左右輪状甲状筋, 輪状披裂筋(側筋), 横筋, 時に後筋の筋起始部 (輪状軟骨でない側の) に糸を固定, 筋走向と平行になる様糸を引き地端に種々錘をのせ, 種々程度の筋収縮状態を摸した. 以上は基本的には van den Berg の実験方法と同様である. 声門下吹鳴により発声せしめ, その際, (1) 声門下圧, (2)呼気流率のビジグラフペーパーへの記録ないし数値のよみとり, (3)音声録音を行い同一条件でさらに, (4)声帯振動の高速度映画撮影, (5)無気流状態で声門のスチール写真撮影を行なった.

声門下圧ならびに呼気流率は圧力トランスデュサー (ニューモタコグラフ) を用い, 出力目盛りの読み, あるいはビジグラフペーパーに描記したものの分析により求めた. 録音された音声について聴覚判定, ソナグラフ, 計算機による基本周波数瞬時変動などの計算を行なった. 高速度映画フィルムは駒ごとの分析を行い, 場合により声帯中央部の振動軌跡を画いた. 実験条件は全部で39種である.

実験結果

1) 嗄声になる限界声門面積 (critical Ag0)

各条件下の音声を聴覚判定した結果, 軽度嗄声 (B1 または R1) と判定される Ag00.01〜0.05cm2 にわたっている. つまり初期声門条件 Ag00.05cm2 を越えると a) 声門下圧, b) 声帯緊張 (前筋の錘り) , c) 喉頭の個体差に拘らず必ず嗄声となり, Ag00.01 以下ではよほど他の因子が偏倚していない限り嗄声にならない. 0.01 から 0.05 と限界値がかなりの広がりを有するのは上記 a, b, c, の3因子によるものである. 数値のみでは臨床経験と結びつきにくい. 大体の声門間隙面積の実感を得るため2〜3の例を示す (図10, 11, 12). 声門下圧を最も良い声が出る様な圧にし, 前筋も各側 20〜50g と適度の緊張を与えた場合でも, 個体差によりこの境界値はある巾を有する. これは主として
(1) 喉頭の大きさ (実際振動し易いかどうかは面積よりも声門間隙中に関係しているため, 同じ声門面積でも大きい喉頭, 長い声帯では小さい喉頭, 短い声帯の場合より声門巾は狭くなり従って振動しやすい事になる).
(2)声帯の本来の物性, とくに粘膜移動性に関係して来る.
注意 生体では摘出喉頭より粘膜移動性も良く振動しやすいので, かなりの Ag0 でもなお正常, またはほゞ正常の声を出し得るものと思われる.

まとめ

  1. 嗄声を来す限界声門面積 0.01〜0.05cm2
  2. この限界値に影響する因子
    1. 個体差(特に喉頭の人きさ, 粘膜移動性)
    2. 前筋収縮(スチフネス)
    3. 声門下圧

2) 各声門条件下における 声帯緊張度 の音声に及ぼす影響

声門初期条件 Ag0 が同一でも声帯緊張度により当然異った振動パターン, 音声を発生する.

今, 声門下圧は各々の条件における最適値と仮定すれば

a) Ag0 < 0.01 と声門間隙が比較的小さい場合.

音声は嗄声にならず正常声であり, 声帯緊張の増加と共に基本周波数が上昇する. たゞし過弛緩の場合には極めて基本周波数が低くなりR型嗄声となる.

声帯緊張の増加と共に抵抗が増すので発声に必要な最低声門下圧は上昇する.

b) Ag0 > 0.05 と中等度程度の声門閉鎖不全がある場合.

前筋収縮により声帯緊張がある程度以上 (各側 20g) ある場合には嗄声は粗[米造]性R(rough ガラガラ, ゴロゴロ声) 嗄声であり振動周期も不規則であり, 時に全く閉鎖せず, 時には閉鎖し, 声帯振動周期, 振巾の瞬時的乱れが著るしい. これに反し, 声門閉鎖不全は同程度でも, 前筋緊張が全くなく弛緩性の場合には嗄声は, 気息性B型 (breathy ささやきの様な息もれ声) となり声帯振動パターンは呼気と共に声門が一旦拡大し極めて小さな振巾で左右対称性に比較的規則正しく振動しはじめる. 従ってその音声は高周波雑音 (図13) の如く基本波に小さなトゲが重畳した型を特徴とする.

c) Ag0 がさらに大きくなると (Ag0 > 0.1) 嗄声はより高度となるが多量の気流を送気した場合, 声帯過弛緩の場合にはB型, 声帯中等度緊張の場合にはR型あるいはRB型, 過緊張ではB型嗄声となる傾向には変りない.

3) 各声門条件下における声門下圧の音声に及ぼす影響

a) 声門間隙の小さい場合, 側筋々力各側 50gr あるいはそれ以上とし声門が強い力で閉鎖されている条件を作ると, 音声は呼気の条件により複雑に変化する (図14). 過閉鎖, 過緊張状態で声門下圧が一定位に達しなければ声は出ず失声となる. 低い声門下圧では, 音声は極めて不規則, R型の嗄声 (glottal fry の様な声) となり声帯振動パターンは独特のものである. すなわち極めて長い閉鎖期の後に3〜4回振動, 再び長い閉鎖期となる (図15). 声門下圧を上昇せしめれば正常声となり, さらに極めて声門下圧を上昇せしめれば, 二重音声 diplophonia ないしR型嗄声となる.

b) 声門が適当に閉鎖しており, 声門過弛緩の状態 (前筋 0gr) では低い声門下圧では正常声だが, 高い声門下圧では極めてrough なハタハタという感じのする嗄声となる. 振動パターンは対称的, 振巾大だが規則性が低下している.

c) 声門閉鎖状態, 緊張ともに適度で良い声が出ている場合でも, 声門下圧をある限度以上あげるとR型嗄声〜二重音声となる.

d) 声門閉鎖不全が中等度である場合, 声門下圧一定値以下では失声, ついで声門下圧の上昇とともに, 声帯緊張状態により主としてB, 時にRを含む嗄声 (図16, 21) となる. より声門下圧を上げれば気息性雑音の強さを増し, 嗄声の程度も強くなる.

e) 声門閉鎖不全高度な場合, かなりの呼気流を与えないと失声であり高い呼気流率時にB型 (図17) 又はRB型の嗄声 (図19). 極めて大きい声門間隙があれば失声またはA型 (無力性) 〜 AB (無力性気息性) の嗄声となる.

考按

〔A〕 非声門閉鎖不全性嗄声 (声門閉鎖性嗄声)

1) 失語症について

種々の条件細み合わせにより起るが, 基木的にいえる事は, (1) 呼気流が充分でなく, 一定声門下圧に達しない場合, (2) 声帯の過緊張(あるいはさらに過閉鎖を伴う), (3) 逆に声門閉鎖不全が極めて高度な場合である. 多くの場合1と2の組み合わせか, 1と3の組み合わせのどちらかである.

臨床的にも, 心因性失声症の多くは呼吸が浅く充分な呼気力を働かさない. 声門については閉鎖している場合には過閉鎖, 過緊張で硬い場合が多いが (過緊張性失声) , また声帯が開大したまゝで大きな間隙のある場合 (声門閉鎖不全性失声) もある. 反回神経麻痺などで麻痺声帯が外転位に固定され, 大きな声門間隙を作っている場合, 呼気流率の大小により失声ないし無力性気息性嗄声となる. これは殆んど乱流雑音を音源としている.

2) 過閉鎖性 (過緊張性) 嗄声

声門を過度に閉鎖してもそれに見合った声門下圧を与えないと音声は rough な圧迫された感じの嗄声となる.

過緊張性音声障害 spastic dysphonia が, 実際これに相当する.

病的に声帯が硬化している場合 (例えば瘢痕化) にも, たとえ初期条件で声門が閉鎖しても声帯は振動せず, 吹き上げられ声門閉鎖不全の状態となり, 乱流雑音による気息性嗄声となる.

3) 過弛緩性嗄声

小さな喉頭では起りにくいが, 声帯緊張を極度にゆるめ, 呼気がある程度以上大きいと (一定値以上の声門下圧) たとえ声門は閉鎖していても (Ag0 < 0.01) やはり声は嗄声となる. ハタハタという様な極度に低いくりかえしの粗[米造]性嗄声あるいは二重音声ともいえる嗄声である. 要するに声帯緊張と声門下圧との不均衡の明らかな一例である. 声帯弛緩が高度だと如何なる声門下圧に対しても正常声とはならず, 粗[米造]性嗄声となる. glottal fry 声門フライ音といわれている現象も恐らく声門過弛緩によって説明できるのではないかと想像するが未だ実証はない.

4) 過声門下圧性嗄声

声門閉鎖, 声帯緊張共に適度であって良い声が出る場合でも, 声門を極めて強く吹けば, 嗄声となる. 生理的にはあまり起らぬ現象であるが, 要するにあまり大声を無理して出せぱ声が割れる現象である. この現象は, すでに Smith, Flanagan (計算機シミュレーション) により指摘された所で diplophonia 二重音声に似たR型嗄声となる. 過弛緩性嗄声と過声門下圧性嗄声はともに声帯緊張と声門下圧の不均衡という点では共通している.

以上は何れも声帯振動が始まる以前に声門がほゞ閉鎖していた場合 (Ag0 < 0.01)の嗄声であり, 非声門閉鎖不全性嗄声あるいは声門閉鎖性嗄声ともいえる.

〔B〕 声門閉鎖不全性嗄声

ある程度以上の声門閉鎖不全 (Ag0 > 0.05) では声門下圧, 声帯緊張の如何に拘らず音声は嗄声になる. 声門閉鎖不全が中等度の場合は気息性 (B型) か粗[米造]性 (R型) 何れにもなるが, 大きな声門間隙では気息性因子が増加し, さらに間隙拡大とともに無力性, 失声となる. 軽度閉鎖不全ではやゝR型になりやすい.

【問題点】

中等度間隙の際, B型かR型かの差は何故起るか. 本摘出喉頭実験の結果のみでは未だ結論的な事はいえないが一般的傾向としては,

  1. 声帯過緊張を伴えば気息性B
  2. 声帯緊張適当な場合は粗[米造]性R型または混合RB
  3. 声帯極めて過弛緩の場合にはB型 (ふき上げ現象)
  4. 声門下圧を極度に上昇させれば声帯過緊張でB型かRB型となる.

以上は何れも声帯が質量, 緊張, 長さ, 厚さなどが左右対称的の場合であるが臨床例では声門閉鎖不全の他にこれら要因の非対称が入ってくる. 両声帯非対称の要因については別項で検討する.

【まとめ】

表1 声門閉鎖度と嗄声
Ag0
声門閉鎖不全
声帯緊張 声門下圧 呼気流率 音声
なし
(強い閉鎖)
過緊張性失声 非声門閉鎖不全性嗄声
(声門閉鎖性嗄声)
なし
(強い閉鎖)
大(〜小) 過閉鎖性(緊張性)嗄声
(非常に高い声門下圧で
しか正常振動せず)
なし〜小 〜中 中〜大 過弛緩性嗄声
なし〜小 過声門過圧性嗄声
極めて小 気息性 声門閉鎖不全性嗄声
小〜中 粗[米造]性
極めて大 中〜 中〜大 気息性
-- 失声
中〜大 中〜大 粗[米造]性, 気息性
極めて小
又は大
気息性

これらのうち代表的と思われる発声条件とその音声を表2に示すと,

表2 代表的発声条件とその音声の特徴
前筋 側筋 横筋 Ag0 Ps
cm H2O
U
cc/sec
音声 摘要
20 30 20 0.004 8 -- 正常声 --
20 -- R型嗄声 過声門下圧性嗄声
20 50 20 0.002 11 -- R型嗄声 過収縮性嗄声
20 50 20 0.002 14 -- 正常声 --
20 0 20 0.08 16 600 R1 声門閉鎖
不全性嗄声
--
20 0 0 0.16 18 700 R2 --
0 0 20 0.2 14 1300 B3 弛緩型
(吹き上げ)

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Last update: March 16, 1999