喉頭機能外科 : III 発声障害のメカニズム : 実験5 声帯緊張不均衡時の声帯振動 (摘出喉頭による)
← : 実験4 声帯緊張不均衡時の声帯振動(自発発声)
→ : 実験6 声帯緊張不均衡時声帯振動の計算機シミュレーション
実験目的
上記実験では呼気条件, 声門閉鎖条件を自由に独立に変化せしめる事が出来ない. そこで犬及び人の摘出喉頭を用い, 人為発声を行ない, 声帯緊張不均衡についての実験を行なった.
実験方法
人摘出喉頭4, 犬摘出喉頭6, 計10ケの喉頭について吹鳴による発声を行なわしめ, 吹鳴前声門撮影, 発声時声帯の高速度映画撮影, 発声時声門下圧, 呼気流率の同時記録を行なった。人為発声法の概要は van den Berg の実験法に準じたもので図31にその概要を示す.
実験条件
種々の声門閉鎖度, 声帯緊張度の組み合わせ計20の条件を喉頭内筋 (輪状甲状筋, 輪状披裂筋, 披裂間筋) の働きを模した荷重 (20~150gr) 牽引により作製, 人為発声を行なった.
実験結果
〔A〕 声帯振動様式 声門間隙 Ag0 により3つのパターンがある.
- 声門がほぼ閉鎖している場合 (Ag0 < 0.015cm2)
- 周波数 : 両側声帯は緊張差にも拘らず, 必ず左右同一振動数で周期的に振動する (Type I).
図32は人摘出喉頭で声門面積初期条件 Ag0 = 0.015cm2, 右輪状甲状筋 100gr 負荷, 左同筋は 0gr とした場合の声帯振動様式を示す.
左端の平行線は吹鳴前の声門間隙巾を示し, 図の曲線は左右声帯辺縁中央部の軌跡である.
- 位相 : 左右声帯に緊張差がある場合には振動に位相差を生ずる. 緊張側が必ず弛緩側より先行する. (図32, 33)
- 振巾 : 声帯が接触したまま振動する (collision line の弛緩側より緊張側への移動) ので振巾の決定は困難であるが, 左右振巾差は著明ではない. 9例中1例において緊張側の振巾がかえってわずかに大であった。
- 声門間隙中等度 (Ag0 > 0.015cm2)
声帯緊張不均衡と声門閉鎖不全が合併すると声帯振動パターンは, どちらか単独因子のみの場合と比べ, より複雑になる. 例えば, 図34, 35の如く2段波, 3段波ともいえる波形, すなわち不完全閉鎖, 完全閉鎖を交互あるいは 2 : 1 などの割合で繰り返すものがある (Type II).
- 周波数 : 不規則な振動をするため厳密な意味で周波数とはいえないが, 左右声帯は同一振動数で振動する.
- 位相 : 緊脹側声帯の位相がやや先行する事もあるが, 声門閉鎖不全のない時に比し, 左右声帯振動の位相差は著明でなくなる.
- 振動振巾 : 図34, 図35に見られる如く振動振巾には左右差を認めない.
- 声門間隙高度 (Ag0 > 0.05cm2) 図36
振動中声門閉鎖は見られなくなる, 声帯の振動自身は比較的規則性をもった振動を特徴としている (Type III).
- 周波数 : 声帯振動数は常に左右同数である.
- 位相 : 位相のずれは軽度であるが緊張側が先行するものが約半数, 残りでは位相差は明らかでない.
- 振動振巾: 左右声帯振動振巾に著明な差を認めない.
- 片側声帯緊張を極度に高めた場合
声帯緊張を前筋収縮模倣によらず, 一側の披裂軟骨正中寄りの部分に糸をかけ, 声帯辺縁と平行に牽引し, 直接緊張を高めると, 声帯緊張の不均衡は極めて高度となる. この場合の声帯振動は上述のパターンとは異なり, 緊張側の声帯は殆んど振動しなくなる. 従って振動周波数, 位相の関係も明らかでない.
〔B〕 声帯緊張不均衡時の音声
- 声門閉鎖不全のない場合
左右声帯のどちらかの緊張をゆるめてやると (生理実験ではどちらかのみを変化させ, 他方を全く変化させないという事はできない) 声は低くなるが, 嗄声とはならない.
- 声門閉鎖不全のある場合
声門閉鎖不全があり (Ag0 > 0.015cm2), 声帯緊張不均衡が合併していると必ず嗄声になる.
声門閉鎖不全が中等度 (0.05cm2 > Ag0 > 0.015cm2) の場合には既述の如く声帯振動は不規則となり, 聴覚印象では粗[米造]性R型 (rough) 嗄声あるいは二重音声と聞こえる.
声門閉鎖不全が高度 (Ag0 > 0.05cm2) だと音声は気息性嗄声となり, 声帯は振動していても, 音声では周波数成分は認められず, 全く乱流雑音のみとなる.
〔C〕 声門下圧の影響
- 声門閉鎖不全のない場合は声帯緊張不均衡のない場合と大差なく, 声門下圧の上昇(―定限度内)と共に音声の強さは増強する. 一定限度を越せば勿論R型嗄声となる.
- 声門閉鎖不全, 中等度の場合が, 声門下圧の影響が最も鋭敏に現われる. 声門下圧 11cm H2O では音声は, なおある程度の周期性を認め, 軽度嗄声と知覚されるが, 同一条件で声門下圧 15cm H2O とすると, 図34の如く極めて不規則な音声波形で, R型嗄声となる. これは声門閉鎖不全の項でのべた「声門下圧がある程度以上になると, 正常声からR型嗄声に移る」という―般的傾向に他ならないが, 緊張不均衡時には正常声を発声する声門下圧の帯域が狭く, わずかな声門下圧の上昇で音声振動が高度に乱れる事を示している.
- 声門閉鎖不全, 高度の場合, 音声は乱流雑音であり, 声門下圧上昇に伴い雑音レべルも上昇する.
喉頭機能外科 : III 発声障害のメカニズム : 実験5 声帯緊張不均衡時の声帯振動 (摘出喉頭による)
← : 実験4 声帯緊張不均衡時の声帯振動(自発発声)
→ : 実験6 声帯緊張不均衡時声帯振動の計算機シミュレーション
mailto: webmaster@hs.m.kyoto-u.ac.jp
Last update: March 16, 1999