喉頭機能外科 : IV 発声障害検査診断法 : A 検査法 :2 発声時気流測定法
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発声は呼気流の断続によるものであるから, 発声に呼気をどれ程要したかを知る事は, 声の能率を知る上にも大切である. 理想的には呼気流率と声門下圧を同時に測定できれば両値より声門抵抗が計算され, 声門の状態を最も良く理解できるのであるが, 声門下圧を日常臨床で測定する事は未だ困難が多く, 従って発声時呼気流率の測定が簡便でもあり頻用されている.
発声時呼気流率は声門抵抗のみならず, 呼気努力によっても左右されるので, 正常値のバラツキがかなり大きく, あまりの僅差は問題とならない.
臨床的には声門閉鎖不全の著しい場合, (例えば反回神経麻痺) その程度の診断, ならびに過緊張性音声障害の診断などに特に有用である. 気流々率測定には幾多の方法があるが, 頻用されている3法について述べる.
スパイロメーターで肺活量を測る要領でマスクを鼻及び口にあて, 呼気を出す代りに, 発声する. 特別な場合を除き特に声の高さ, 強さについて規定せず, 出しやすい高さ, 強さで/ア/を数秒間発声させる. 被験者が緊張し発声しにくい場合には, マスクをスパイロメーターの連結管から取りはずしマスクのみを口にあて 練習してから上記検査を行なう. 最小限3回テストを行ない, 発声の中央部安定している際の呼気流率を測定する (図85).
詳細なデータはすでに発表したので省略する (Isshiki et al 1967,北嶋他1973).
i) 操作が簡易であり機械も安価である. 実験成績も pneumotachograph 使用の場合と変らない (上記論文参照). スパイロメータのベル内圧は 2〜3mm H2O で 70〜80mm H2O の声門下圧と比較し問題にならぬ程度低い. つまり back pressure は無視しうる.
音響インピーダンスの変化により声の強さ, 音色などは変化するので, これらの測定実験は意味がない.音響インピーダンスの変化が声帯音源にいかなる影響を与えるか? 石坂の二重声帯模型による理論ならびに実験では声帯振動が声道インピーダンスによって受ける影響は極めて小さい. ニューモタコグラフ, スパイロメータいずれで流率を測っても有意差を認めなかった我々の実験成績 (上記論文) と共にスパイロメーター負荷による音響インピーダンス変化はスパイロメーターのベルの容量からしても声帯振動機構には殆んど影響していないと解釈される.
ii) 最長持続発声を必要とせず, より自然な発声である.
iii) 吸気努力, 肺活量などの複雑な因子があまり介入しない.
早い現象についていけない事. 装置自体の抵抗が加わる事.
気流を層流と仮定すれば, 一定値の抵抗を通過する気流々率は, その低抗両端での圧差に比例する原理に基づき, 差圧測定により流率を測定する. 抵抗としてスクリーン型, フライシュ型がある. 発声時呼気流率の測定には最も屡々用いられて来た方法である.
(Luchsinger 1951, Vogelsanger 1954, van den Berg 1956, Ladefoged and McKinney 1963,Isshiki 1964, 1965, Yanagihara, Koike and von Leden 1969, Nishida 1967, Yan-agihara and von Leden 1967, Koike, Hirano and von Leden 1967, McGlone 1967,Hirano, Koike and von Leden 1968, Koike and von Leden 1969 その他)
ブリッジ回路のバランスを取らねばならぬ不便さがあり, 周波数特性も良くない.
熱線流量計の原理は抵抗線に電流を流して加熱し, 気流によって抵抗線が冷却されると抵抗値が変化する事を利用したものである. 熱線流量計の欠点として時定数が大きすぎ,早い現象について行けない面があった (熱線が気流により冷却され, また元の温度にもどる際に長時間がかかる). この欠点により音声の研究には殆んど用いられなくなっていた.ところが最近, 「気流により冷却された熱線を, ネガティブフィードバック回路により速やかに電流を流し定温度に保つ」つまり定温型熱線流量計が開発され, 従来の欠点は大巾に改善された. 音声の研究に流量計を応用する場合, 特に周波数特性が問題となるが, ニューモタコグラフでは, せいぜい 50Hz まで平担で, 問題外であった. これに反し, 熱線地では白金線の太さによりかなり高い周波数 (1kHz) まで平担な特性を持ち得る. そこで音声研究への応用の可能性が出て来たわけである. 直線性は何れにせよ電気的に直線化している (抵抗間の電位差は流速の4乗根に比例する. これをリネアライザーで直線化する)ので音声研究のレンジではあまり問題ない. 流量計一般にいえる事であるが, 気体の温度,湿度, ガス組成などによっても勿論影響をうけるが, その関係は直線的で, 温度一定で相対湿度 10% 増加により測定値は 0.5% 増, また湿度一定のとき温度 1℃ 上昇につき測定値は 0.5% 減少する. 結論的には通常の検査状況では臨床的に用いるには何ら補正の必要はないと思われる.
また本機では, ニューモタコグラフの如くブリッジバランスをとる手間も省け, 1l/sec の場合の出力が 1V となっているので, その出力をディジタル電圧計で頂読できる便もある. 欠点といえば気流の方向性を探知できない点であろう.
ミナト医科学に依頼し, 高域まで周波数特性の良い流量計, つまり白金線を細く, また高周波カット回路を省いた特殊流量計の作製を依頼し種々の検討を行なった.
周波数特性を松下電子部品音響研究所において測定した. 熱線流量計は気流の前進, 後進は識別できない (呼吸の如く緩やかな現象では特殊回路で識別可能だが). 従って周波数特性を測る場合にも直流分を重畳させ, 負方向の気流を瞬間的にでもなくす必要がある. そこで流量計の一端に O2 ガス送気用管とスピーカーを密着せしめ, スイープ発振器からの各周波数音について特性を検定した.
発声中に起こる声門部での気流の断続状態すなわち声門部での呼気流の体積速度を歪みなく記録, 測定できれば理想的である. それにより声門の閉鎖状態, 声の能率などが直ちに判定しうるからである. ところが声門波形を得る事はなかなかむつかしい. 近似的に可能でも煩雑な手続きのため臨床的に使えないものもある. 当面する困難は多いが基本的には次の2つがまず問題となる.
i) 声道ならびに流量計のチューブによる共鳴により声門体積速度が変化し, 元の波形が得られない.
ii) 流量計自体の周波数特性
声道における共鳴の影響をなくし, 声門波を得ようとする場合, まず考えられるのは, 逆フィルターの利用である. 熱線流量計の出力を逆フィルターにより声門波にもどす事をまず考えたが, これが不可能な事で判った. すなわち, 気流の瞬間的に負方向になっても流量計ではそれを正方向としてとらえる. つまり零ラインを境として, マイナス方向の気流はその鏡像に当るプラス方向の気流に変換記録される. 仮にこれを折り返し現象とよぶ. この折り返しつまり非直線性により逆フィルターを使用する事が理論的にも意味がない.
そこで前節にのべた Sondhi の無反射管の応用を考え, 以下の如き実験による検討を行なった.
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