喉頭機能外科 : VI 喉頭の機能外科 : 6 複合型
: VI-5-B 甲状軟骨横径拡大術
: VI-7 麻痺声帯再運動化手術


VI-6 複合型

手術の適応

反回神経麻痺に上喉頭神経外枝麻痺の合併している場合には甲状軟骨形成術 I 型と IV 型を同時に行なった方が合理的である. 両神経の併合麻痺は実際, 甲状腺手術々後や中枢性麻痺の際, 度々見られる. 適応決定にあたっては特に喉頭断層レ線撮影による声帯レベル差の有無, マニュアルテスト (図101) の結果が参考になる. 声門間隙が大きい時には,披裂軟骨内転術をまず行ない, 術直後, 指で輪状甲状軟骨を直接接近せしめて音声の改善有無を判断してから, IV 型を追加するかどうか決定する.

手術手技

既述の I 型と IV 型でのべた通りで特筆すべき事はない. ただ注意すべき事は I 型で窓状切開を行なう際, 窓縦巾を広く, しかも下方寄りに取ると, 窓より下方の甲状軟骨つまり前筋付着部の軟骨の巾が狭くなり, 論状軟骨をつり上げる IV 型を行なうには, 甲状軟骨の糸をかける部分が弱く, 大きな牽引力には耐えられなくなってしまう. 術前, 声帯レベル差, 前筋麻痺所見 (声門軸偏位, 声帯振動の位相差), マニュアルテストなどから, 輪状甲状軟骨接近術の必要が予想される場合には, 窓状切甲より下方 (尾方) の軟骨部があまり細長く弱くなってしまわない様あらかじめ配慮する必要がある.

臨床症例

複合型を行なった症例 (I と IV) は5例だが4例は主として I 型つまり声門間隙を狭くする事を目的とし付随的に IV 型を追加したものである. 症例6は甲状腺術後で声帯レベル差が極めて著明であり, I + IV 型で音声は著明改善 (R 2.5, B 2.5, A 1.5, D 2.4 から R 1.2, B 0.8, A 0.2, D 0.8) したが声帯レベル差は軽減したとはいえ術後レ線でもなお差が認められた. 本症例により論状甲状軟骨接近術により声帯レベル差矯正の限界が認識された.

複合型の1例は IV 型, (輪状甲状筋接近術) を主とし, I 型はむしろ付属的に行なった極めて興味ある症例である.

症例35 H.K. 52才, 男性

S.48 年脳卒中. 手足の運動性はほぼ実用的に差し障りない程度に改善したが, 嗄声と開鼻声, 構音障害 (サ行, ラ行) が著明である. 喉頭鏡所見では南側声帯運動は左右対称的で異常を認めないが, 声帯は両側とも弓状を呈し, 発声時, 細い楕円形間隙を認める.声門間隙の割合に気息性因子が著しい (B : 2.3). 唾液貯留が著明でそのための雑音も合併している. 軟口蓋麻痺のため開鼻声高度.

マニュアルテスト : 側方からの圧迫では僅かに改善するが, 圧迫性音声となる. 所が輪状甲状軟骨接近により音声は著明改善する. 断層レ線で声帯レベル差はない. そこで IV 型 + I 型甲状軟骨形成術を行なう事となった.

甲状軟骨, 輪状軟骨を露出, 図177の如く窓状切開, 楔挿入によりやや音声の改善をみた.甲状軟骨は化骨していたので, メスでの切断はできず, 円板型やすりをエシジンバーにつけ8分通り切断, あとは, ローゼンの外耳道用メス, ついで手のノミ (みずほ, 3-1E10, 巾 4mm, 全長 15.5cm 平のみ) を用いようやく窓状切開を柊了, 楔を挿入固定した.

輪状甲状軟骨接近術 : 糸を通す甲状軟骨部 (Tuberculum thyreoid. inf.) は一般に最も化骨の進んでいる部であり, 彎曲針でいきなり貫通する事は本症例では不可能であった. 図177の如く, キリで穴をあけ, 甲状軟骨内側を剥離した後, 3-0 ナイロン糸2本で両軟骨を接近固定した. 両軟骨間距離 (C-T distance) は, 術前 8mm が術後 3mm となった.術直後より音声改善著明. 術後喉頭鏡所見では声帯の弓状彎曲消失, 声門間隙は極めて細小となった. 音声改善のみならず, 本人の訴えによれば誤嚥が極めて少なくなり為に咳がなくなったとの事である. なお著明開鼻声があり, 本人の希望により近く咽頭弁手術の予定である.

本症例の経験を通じて

  1. 両側前筋麻痺又は不全麻痺の音声に及ばす影響の重大性が認識された.
  2. 脳血管障害による音声障害に対する一治療法の可能性が開けた.

【まとめ】

反回神経麻痺に前筋麻痺合併が疑われる場合 (声帯位, 短小彎曲声帯, 声門軸偏位,声帯レベル差) 甲状軟骨形成術 I 型に IV 型 (C-T接近術)を追加する事を考慮する.但し声門間隙大の場合は披製軟骨内転術の方が良い.
輪状甲状軟骨接近術を追加するかどうか? 甲状軟骨形成術 I 型終了後, 直接両軟骨接近による音声の変化を聞いて決定する.
脳血管性音声障害の場合 甲状軟骨形成術 ( I , IV + I など) で改善する事がある.
その手術適応決定には マニュアルテストが最重要.

喉頭機能外科 : VI 喉頭の機能外科 : 6 複合型
: VI-5-B 甲状軟骨横径拡大術
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Last update: March 12, 1999