喉頭機能外科 : VII 発声障害における心理的要因
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発声の最終過程は純物理的現象であるが, 声帯の物性, 呼気送気状態に心理的要因が重大な影響を及ぼす. 器質的病変を認めず, 心因的要因が明らかな場合, 心因性音声障害とか, 程度により心因性失声症という. 所が実際の臨床例では種々の疑問が生じ, 問題が残されている.
まず間接喉頭鏡で見る事ができる器質的病変は限られている事を認識せねばならぬ. 声門閉鎖不全はストロボでまずまず判るが, 嗄声の他の重要々因であるスチフネスとか粘膜移動性の診断は容易ではない. スチフネス増強による嗄声の場合, それが心因性の事も勿論多いが, 器質的の事もある. 後者に対しては積極的に声帯を弛緩させる手術法を行うべきと考える. 従来, 器質的でないというよりもむしろ視診で声帯形態異常, 腫瘍, 声門閉鎖不全などを認めず, 説明つかないものはすべて心因性と決めつけて来た嫌いがあった. 失声症となってしまえば原因の如何をとわず, 心理状態が正常であるわけがなく, 心理状態が因か果か, 軽々に速断できない. 多くの医師の診察を経て紹介されて来た患者は特にすでに暗示のつみ重ねによって1つのストーリーを作っている事さえある. また実際には心因要素と視診では判らぬ器質的声帯物性変化が種々の程度に合併している事も多いのではないかと思われる. 両要因関与度の診断は実際には極めて困難であり, 心理学者, 心身医学専門医などとの密接な協力がどうしても必要となって来る.
一般に急激に発症し, 心因の明らかな失声症は暗示療法により発声が可能になりやすい. 頭部外傷などで呼吸が極めて乱れ浅いものの予後は悪い. (1例は不治であった.)
筆者は通常の催眠誘導に用いる暗示 (足が重い, 手が重い, 瞼が重い, 両手が近づいて来る, 等々) により患者がある程度の催眠状態になり緊張がとれた所で, 「ゴホンと咳をしなさい」「ゴーホンと咳をしてみて下さい」「ゴーホンといって下さい」. 「ゴー」といってみて下さい. ほらいえましたね, では (ゴー) オーといって下さい」などの誘導で長期にわたる失声症が直ちに発声可能となったケースも経験している. 勿論, 心因の明らかな場合, それが除去されぬ限り再発する.
声門閉鎖不全とか腫瘍などがない場合, 嗄声の最大かつ最頻要因は声帯過緊張 (粘膜移動性の低下も含む) にあるといって良い. 声帯過緊張状態で声帯が振動するためには高い声門下圧を要す. 所が精神緊張状態, 不安状態になると声帯緊張は高まり, 呼吸は逆に浅く弱くなる. とても必要声門下圧に達しない. 暗示療法 (健眠療法) などで筋緊張がとれて来ると自然に呼吸も深くなる. 筆者自身, 自己暗示 (自律訓練法) による筋弛緩により驚くほど深い呼吸状態になる事を経験している.
要するに筋弛緩と呼吸深化は互に密接に関連しつつ, 相乗的に発声に好影響を及ぼすという事である.
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