喉頭機能外科 : VI 喉頭の機能害外科 : 2 声帯内方移動術 Medial Shift of the Vocal Cord : A 甲状軟骨形成術 I 型 ― 側方圧迫
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声帯腫張, 腫瘍を認めず, 発声時声門閉鎖不全を認めるものが適応として考えられ, 具体的には片側反回神経麻痺が主たる症例である. 当然の事ながら反回神経麻痺では, 音声改善を目的とした手術を考えるより, まず原因探求に努力すべきである. また発症後最低6ヶ月は経過を追い, その間原因となっている疾患の紺こ努力すると共に声帯運動回復状況を観察する.
発症後6ヶ月以上経過し, 症状固定化したと考えられる際には甲状軟骨形成術の適応を検討する. 本手術の適応と考えられる条件は,
であり, 音声改善を目的とした手術であるので患者の希望が重要である. 無理に手術をすすめる必要はない. 女性の場合は特に頸部切開による術後瘢痕についても充分な説明, 納得が必要である. 声門閉鎖不全度が軽度ならば手術をしないか, シリコンなどの声注で充分な事も多い. 中等度以上の場合には本手術の方が非可逆性操作であるシリコン注入より確度が高い. 大声門間隙, 声帯レベル差著しい際には次に述べる披裂軟骨回転術の方が適している.
一般術前検査の他に, 1) 音声録音, 2) 発声時各種気流テスト, 3) 喉頭断層撮影, 4) マニュアルテストを行なう. 断層撮影により声帯レベル差著しい事を認めた際には甲状軟骨形成術 IV 型を I 型と同時に行うかあるいは披裂軟骨回転術を行わねばならず, 手術選択にとって断層撮影は必須である.
甲状軟骨翼の種々部位を両側方より圧迫して音声の変化をみるマニュアルテスト (用手圧迫試験) で音声の改善をみない症例では声門間隙以外の要因 (スチフネスなど) も関与している事が考えられ, 予後は確約できない事を心得ておくべきである. マニュアルテストは患者に術後少なくともこの程度は必ず良くなりますと説明でき, 安心感を与える点でも有意義である.
声帯萎縮症例も圧迫試験で音声が改害すれば手術適応となる. 但しその効果は声帯麻痺における程, 劇的ではなく, 改善はしても完治とはいいがたい事がある. 声帯粘膜移動性などの物性も絡んでいろ為であろう.
局所麻酔下に行う. 術前, 軽い鎮静剤 (トランキライザー) とか鎮痛剤 (例えばソセゴン 30mg, ピレチア 25mg) を投与する. 術中発声が必要なので完全に眠ってしまわない様に注意する.
外来手術としても可能で 3 ― 4 回は外来で行った事もあるが, 原則として入院手術する.(入院期間3〜7日)
体位は仰臥位, 肩枕を入れ喉頭を前頸部表面に近くする.
頸部消毒後, 甲状軟骨切痕 (アダムのリンゴ), 甲状軟骨下縁, 輪状軟骨を触診し, 指南をつける. 男牲では間違える事はないが, 女性では, 何れもはっきりせず, 喉頭が予想外に頭方 (cranial) に位置している事があるので慎重に触診する. 切開線は図125に示す如く頸部水平切開でその高さは甲状軟骨中央 (声帯レベル) 又はそれよりやや下方. 正中より患側に 3cm 健側に 1cm 程度が標準的切開である. あまり無理に短い切開をすれは開創の際に無理な力がかかり結局切開線が挫傷をうけ, きれいな縫合線は術後得られない.
従ってあまり無理はしない事. 5〜6cm にしてもよい. 予定切開線の両脇にピオクタニンで色素を入れ, 縫合の際の指標とする.
切開後, 前頸筋 (sternohyoid) を圧排 vena colli media を場合により結紮, 甲状軟骨, 輪状軟骨を露出する. 輪状甲状筋付近はやや血管に富んでいるので, 無駄な障害 (ホビーで焼きすぎない様) は避け慎重に結紮止血する.
甲状軟骨正中部を露出後患側甲状軟骨翼を充分側方まで露出する.
患側甲状軟骨翼上に声帯を正中方向に圧迫するため,矩形の陥凹を作る. まず V 章, 図102, 103に示す如く, 声帯レベルを決める. 正中線上で甲状軟骨切痕上縁と甲状軟骨下縁の中央ないし 1mm 程度上方 (頭側) が前連合である. その点より甲状軟骨下縁に平行に引いた線が声帯上面のレベルである. 矩形の上辺をこの線に一致させる. 正中線より 5〜7mm 離し矩形の左辺 (内側辺) を約 3〜5mm 長に作る (縦の長さ). 右辺 (外側辺) は左辺 (内側辺) より約 8〜10mm, 離す (横の長さ). あまり横の長さを長くすると, 矩形の外側部が, 輪状軟骨に重なり陥凹せず, 声帯内方移動の効果が上らない(図106). 輪状軟骨と甲状軟骨との重なり具合については第 V 章図103を参照されたい.
通常, 若年者, 女性では甲状軟骨化骨化が著しくないので 11 号替刃 (BP blade) で軟骨の切開を行なう. 内側軟骨膜より奥に入らぬ様切開は慎重に行なう. 一気に切る必要はない. 化骨が進んでいる場合には, ストライカーの細小のバーないし電気振動鋸が必要な事もある. 最近ではバーを使用している. 最後まで切らず, 薄くしておいて最後は 11 号で何回も切り, 切り離す方が無難である.
一応矩形に切り終ったと思われる所で窓状片を内側へ圧迫してみると, なお切れていない部分が動かないので良く判る. メスでの切開を追加し, 又, 切れた所から剥離をはじめる. 剥離は切開縁より 1mm も行なえば充分なので小さく薄型の剥離子で行なう. よく用いるのがローゼンの鼓膜剥離子とか外耳道剥離子である. 副鼻腔手術に用いる剥離子は厚すぎる. 昇中隔彎曲症に用いる薄く弾性のある剥離子の方が使いやすい.
窓状片辺縁の剥離が完全に済んだ所で窓状片を剥離子の背で内側に圧迫しつつ発声せしめ声の変化を見る. この際, 肩枕をとって発声させた方が自然な発声が可能で正しい評価ができる. 至適内方移動の程度が決まれば固定にうつる.
ごく僅か, つまり軟骨翼の厚みだけの内方変位で足りる場合には図122の如くわずか尾方へずらすのみで固定されてしまう. しかし, 反回神経麻痺に対する手術では, 通常これでは不充分で, 楔をはさみ込み内方移動を充分に行なう必要のある事が多い. 種々の方法を試みた. 初期には反対側甲状軟骨翼上縁より小軟骨片をとり楔としたが, 滑りやすく扱いにくい. 最近は弾性シリコン (エリコン) の板を細工して楔として用いている. 図126の如く窓状切開辺縁の剥離を軟骨内面に沿って行ない, 楔が入る様にする. 弾性シリコンの板を図127の如くマットレス縫合で固定する方法と図126の如く, はじめから窓にはまってしまう楔を作り, 回転しながら窓わくにはめ込んでしまう方法を用いて来た. 後者のハメ込み法がより便利, 短時間で固定がなされる. 弾性シリコンを用いた為の術後合併症は未だ経験していない. エリコン板の厚みは 0.5〜2mm 程度である.
音声改善がなお不充分な際には輪状軟骨と甲状軟骨を近づけてみて音声の変化を見る.明らかに改善する場合にはさらに甲状軟骨形成術IV型 (輪状甲状軟骨接近術) を追加する. この手技, 症例については別項に記す.
止血を確認した上で, 局所に抗生物質撒布, 筋層縫合, 皮下埋没縫合, 皮膚適合縫合を行なって手術を終る. 縫合は美容上念入りに行なう. 相対するピオクタニンのマークをまず埋没縫合 (4-0ナイロン) で合わせる. 埋没縫合のみで殆んど隙間のない様切開面を接着せしめる. 埋没糸の結び目は奥の方に行く様にする (図128).
あとは 5-0 又は 6-0 のナイロン糸で皮膚切開面のレベルを正確に合わせる. 3-M サージカルテープをはり, その上からガーゼを圧迫ぎみにのせる. 術後抜糸まで (5日間) は創面をさわらぬ方が良い.
過去3年余に行なった甲状軟骨形成術 I 型は24例である.そのうち5例は IV 型 (輪状甲状軟骨接近術) も併せ行なった. I 型のみ19例の内訳けは声帯麻痺15例, 声帯萎縮4例.これらの術後成鎖をまとめたのが表10で外傷牲2例 (症例3, 34) を除き, 何れも音声の認むべき改善をみている.
意味微分法にもとづくR, B, A, D (程度) 4因子につき0, 1, 2, 3 (0:なし, 1:やゝ, 2:かなり, 3:非常に) のスケールで5人の判定者により判定し, その平均値をとった.
外傷例2例を除き I 型のみを行なった17例について検討してみると, 術後ほぼ正常声になったもの10例, やゝ嗄声 (1.0 < D < 2.0) の残ったもの7例である. 7例の内訳は声帯萎縮2例, 声帯麻痺5例である. これら7例の術前の嗄声度は声帯萎縮の1例 D 2.0 (症例43) を除き他の6例はいずれも極めて高度な嗄声 (D 2.8が3例, D 3.0が3例) であり術後の改善度は必ずしも悪くない. すなわち声帯萎縮はD評価で0.8しか改善していないが他の6例ではそれぞれ1.0, 1.4, 1.5, 1.8, 1.6, 1.0平均1.4の改善をみている. 甲状軟骨形成術I型術後なお嗄声の残った例で披裂軟骨回転術を追加した症例27は術後 D 0.5 とほゞ正常声となっている. 披裂軟骨回転術を始めたのが最近であり症例が少いが, 術前極めて高度の嗄声例 (D > 2.5) などには甲状軟骨形成術 I 型よりも披裂軟骨回転術を行った方が良いと考えている. 図129-134に術前術後のソナグラム例を示す.
初期段階では図117〜122に示す如く種々の甲状軟骨形成を試みた. それらの経験から,声帯内方転位のみを目的とする場合には図123, 124の如き窓状切開, 陥凹, 固定が最も侵襲が少く, 簡易であり, 内方転位度の調整も容易に行なえる事が判り, 以後の20例ではすべて窓状切開法を行なった。
窓状に切開した軟骨の固定は1例においては単にずらす事により固定 (症例8) したが, 他の23例では, 声帯内方転位をより効果的にするため, 楔を必要とした. 楔は初期には反対側甲状軟骨翼上縁より軟骨片を切除して用いたが (15例), 後には専らエリコン板 (0.5〜2mm の厚さ) を合併症なく用いた (8例). 人工物質埋没については勿論, 数年以上の長期経過観察によらなければ結論は出ないが, 目下の所, 何ら合併症を認めていない. 弾性シリコン (エリコン高研) を使用する利点は, 1) 他側への手術侵襲が不要で皮膚切開も短くてすむ. 2) 軟骨より固定操作がはるかに容易である (軟骨片はすべりやすい). があげられる.
術後呼吸困難, 喘鳴などを来した症例は一例もない. 従って術前又は術後気管切開の必要はない. しかし万一の事を考え, 術後1〜2日は入院せしめた方が安全であろう.
合併症としては, 反対側甲状軟骨翼上縁より軟骨片を採取した症例で2例, 術後, 軟骨片採取側 (健側) 仮声帯の暗赤色腫張を認めた. 軟骨採取部の血腫の影響かと考えられる.術後1〜2週で消失した. 軟骨採取部の止血を完全にする必要がある. その他2例で術後前頸部切開部の漿液腫を認め, プンクチオンで消極した. 完全止血と術後局所のガーゼによる圧迫固定により防止しうるものと思われる. 術後化膿例はない.
予後判定には前述のマニュアルテストが最適だが, 経験例から音声の劇的改善はあまり望めない場合を列記すると
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