喉頭機能外科 : VI 喉頭の機能害外科 : 2 声帯内方移動術 Medial Shift of the Vocal Cord : B 披裂軟骨内転術 (一色)
: VI-2-A 甲状軟骨形成術 I 型 ― 側方圧迫
: VI-3 声帯外方移動術


VI-2-B 披裂軟骨内転術 (一色)

披裂軟骨内転術とは声帯内転時の披裂軟骨の回転を糸による牽引で模し, 声帯を正中固定する手術法である (図137).

1 必要理由

既述の甲状軟骨形成術の経験を通じて, 症例により同手術法の限界が認識された. すなわち

  1. 大声門間隙のある場合
  2. 左右声帯レベル差が著しい場合

声門間隙が大きい場合, 楔を厚くしても声帯の内方移動には限度がある. とくに声帯の後方披裂軟骨部は充分内方移動せず, 術後なお後方に間隙を残す事がある (症例26, 40).甲状軟骨翼後方 (脊側) では輪状軟骨が甲状軟骨の内側に重なっており, このため甲状軟骨翼の部分的内方陥凹がさまたげられ, その結果, 声帯軟骨部の内方移動不充分となる.甲状軟骨形成術 I 型の一つの限界である. 披製軟骨自体の移動ないし回転が必要なわけである.

麻痺声帯が中間〜側方位に固定されている場合, 麻痺側声帯が健側声帯より高位にある事がある. このレベル差の原因々子として

  1. 披裂軟骨の運動(麻痺声帯位)
  2. 前筋の関与
  3. 前頸筋の関与

の3つをとりあげて来たが, 特に前2者の関与度が大きく, 又実用的問題解決に関連している.

前筋の関与

動物実験 (犬) で声門上水平切断 (supraglottic laryngectomy) を行ない声帯を直視下におき, 片側の反回神経ならびに上喉頭神経外枝を切断すると発声時切断側声帯が健側声帯より約1mm高位になる事が判る. この際, 切断側前筋を電気刺激してやると声帯レベル差は殆んどなくなる. この事実から, 臨床例で声帯レベル差著明な場合には, 必ず術中, 輪状甲状軟骨間距離を仮に近接せしめ音声改善の有無をしらべ, 改善すれば輪状甲状軟骨接近術 (糸で両軟骨を引き寄せ縫合固定) を行なって来た (症例2, 5, 6). ところが症例6では術後もレベル差はあまり矯正されなかった. 犬と人間の差 ― 犬では両軟骨は容易に接近するが, 人間では抵抗が強く, 接近するのに大きな力を要する. ― も考慮せねばならぬであろう. レベル差のメカニズムはなお不明な点が多いが, 前筋のみで声帯レベル差を完全に矯正する事は困難と考えられる.

披裂軟骨の運動

既述の如く, 輪状披製関節が円柱状であるため, 声帯内転時, 声帯突起は同時に尾側に下り, 外転時, 頭側に上る. 麻痺声帯位が側方であれば声帯が高位にあって当然である. 従って声帯麻痺症例で披裂軟骨を, できるだけ生理的条件を模して回転してやれば, 声帯は内転するのみならず, レベルが下る筈であり, 声帯レベル矯正のためにも披裂軟骨内転術が必要なわけである.

2 手術の適応

既述の甲状軟骨形成術 I 型の適応となるものの中で特に

  1. 声門間隙が大きい場合
  2. 声帯レベル差が著しい場合
  3. 他の方法でなお声門間隙をかなり残す場合である.

一言でいえば大声門間隙症例という事になる.

術前検査などは甲状軟骨形成術 I 型の同項に準ずる.

3 手術法

局所麻酔下に行なう. 術前処置は甲状軟骨形成術 I 型に準ずる. 体位は仰臥, 肩枕を入れる. 皮切図138に示す如く患側寄りの水平切開を用いる. 胸骨舌骨筋を正中方向に圧排し, 甲状軟骨後縁に至るまで露出する. 以下主に喉頭の右側を図で示す. まず甲状咽頭筋を図139の如く切断, 骨膜下に剥離し, 甲状軟骨後縁に至る. さらに剥離を甲状軟骨内側面に及ぼし (図140), 剥離を尾方に及ぼし, 輪状甲状関節 (図140の矢印1) を外す. この関節を外さないと甲状軟骨が充分翻転できず, 従って充分な視野が得られない.

次に梨状窩に相当する所の粘膜を剥離, めくり上げる (図141の矢印1). 局所解剖の項 (図108) で述べた如く, 梨状窩は筋突起より低い (caudal) ので, いきなり筋突起をめがけて行くと粘膜を破り喉頭内腔 (梨状窩) 内へ入ってしまう. 第一の要点は手術の清潔度を保つため粘膜を破らない事である. 粘膜翻転挙上後, 筋突起を探す事になる.

筋突起へのアプローチ

筋突起を発見確認する方法として次の3法を用いている.

(1) 筋突起のレベルは声帯レベルにほぼ等しい. 従って甲状軟骨正中ほぼ中央より甲状軟骨下縁に平行に線を引く (図141の2). この線の延長線上に筋突起はある筈である.

(2) 甲状軟骨翼を充分健側方向に回転し, 指を入れ筋突起をふれてみる. 僅かな (半米粒大の感じ) 隆起にふれる (図142).

(3) さらに確実な方法は輪状甲状関節から輪状軟骨上をたどって輪状披裂関節に達する方法である. 図143は左側でこの関係を示す. 輪状甲状関節をはずすと輪状軟骨の関節面 (B) が明らかとなる. 甲状軟骨後縁を鈎で充分反対側に向って回転すると広い視野が得られ,梨状窩粘膜 (F) を翻転挙上すると後節 (E) が認められる. 輪状甲状関節面から斜上方に向い, 輪状軟骨の側面と後面の接する稜線をたどれば一旦軽く陥凹 (C) した後再び隆起し, 輪状披裂関節 (D) に達する. この間に筋肉はないが反回神経の内転枝が横切っている (H). これらの関係を摘出喉頭でより明らかに示したものが図144で, 輪状軟骨を後左側面より眺めた図である. 頭は再び右側にかえる. 図145の如く輪状披裂関節の関節腔内に入るため,後筋起始部に小切開を加える. 切開なしにいきなりローゼンの鼓膜剥離子で関節腔内に入っても良い. 関節を開くと, 白い光沢のある関節面が現われ (図146) 輪状披裂関節が最終的に確認される.

次に披裂軟骨筋突起に糸をかけるのであるが老人では軟骨がもろいので, 軟骨のみ小さく糸をかけるのではなく周囲の軟部組織も一緒に大きく糸をかける (図147). 通常 3-0 ナイロンを2本かける. 図148の如く2本かける事が多い. 糸をかける位置によって声帯の内転の度合が変って来る. 図149のAの付近に通常2本かけるが, 内転を強調したい時はB近くにも1本かける. 糸を一旦結び, 糸と披裂軟骨が滑ったり, ずれたりしない様にする. 結んだナイロン糸を彎曲鋭針 (大きいめ) にかけ甲状軟骨翼に出し, 全部出し終った所で, 糸を引いて発声させる. あまり内転しすぎると声は圧迫超声〜過声門閉鎮性嗄声の如く, 低く圧迫された rough な感じの声となる. この場合, 糸をゆるめ, 再び発声せしめる. 要するに, あまり強く引いた状態で結ぶ必要はない. 適当な無理のない程度の力で結ぶ. 図150では糸の結び目にエリコンのまくらを入れているが, さほど大きなカが加わるわけではないので, 甲状軟骨がしっかりしていればまくらは必ずしも必要としない.実際まくらを使用したのは1例, 他の2例ではまくらを使用していない.

縫合その他については特記すべき事はないが, 梨状窩死腔形成, 血腫形成を防止するため, ペンローズのドレーンを 2-3 日入れる事にしている.

4 手術の結果

披裂軟骨内転術を3例 (症例27, 40, 41) の声帯麻痺症例に行なった. 2例は甲状軟骨形成術 I 型を行ない, なお声門後部に間隙を認めた症例であり, 他の1例は声帯麻痺により声門大間隙を認め, 気息性無力性嗄声の患者である. 第3例では輪状甲状筋転置術 (cricothyroid muscle switch) を合わせ行なったが (図179), 術後声帯運動は見られず実効的には披裂軟骨内転術と同じであった. 3症例とも音声改善は極めて著明で正常といえる程度にまで改善した. 未だ症例が少く結論的な事はいえないが音声改善度に関しては本法は甲状軟骨形成術 I 型より優れている様に思われる.

術後, 何れの症例でも一時的に (約1週間) 梨状窩〜披裂部の浮腫性腫張が著明であった. しかし声帯そのものの浮腫は殆んどなく反対側声帯の運動性なども全く影響されず, 術前と変らなかった. 発声時声帯は何れの例でも正中に固定され, 術前ならびに甲状軟骨形成術 I 型術後の声帯所見と比較して声帯が緊張している (長く, 引っぱられた感じ) 様である. 喉頭部痛, 嚥下痛も殆んどない. 呼吸困難などの合併症は勿論ない. 図151, 152に症例40の術前術後のソナグラムを示す.

5 問題点

従来, 片側声帯麻痺に対し, 披裂軟骨の位置移動を考えた手術法は (1) Morrisonの「逆キング氏手術」と (2) Montgomery の輪状披裂関節固定術 (cricoarytenoid arthrodesis) が報告されている.

Morrison の手術法では全麻下に手術を行なう. 輪状披裂関節に達し, 披裂軟骨を外し, 輪状軟骨の上中央後縁を一部切除, その上に披裂軟骨を正中移動させ, 固定するわけである. 従って手術侵襲が大きく, またその固定は容易ではないと思われる.

Montgomery の関節固定術は喉頭截開術で声門を前から開き, 声帯に小切開を加え, 披裂軟骨をつかみ, 正中方向に回転の上, 釘をうち込み固定する方法である. 喉頭截開術の不利点, 釘という異物を使用する危険性ならびに持続性に疑問がある.

上記2法は従ってあまり用いられなかったものと考えられる.

筆者の創案した披裂軟骨内転術は上記2法と比べはるかに安全, 簡単でありしかも音声を聞きながら披裂軟骨回転度を調節できる利点がある.

効果の持続性について

糸がゆるみはしないか, など効果の持続性については, なお長期経過観察を要する問題だが, 大さな危惧はもっていない. その理由は糸を引く力がわずかで済み (50gr で充分)糸に無理な張力はかからない. 関節面を開き, 糸をかけ結んであるので, 糸がゆるんだり滑ったりはしない. 関節面露出により将来, 正中固定の状態で ankylosis を起こす事が予想される. より積極的に関節面を表面的に[才蚤]はしておいても良い.

筋突起をどの方向に引っぱった時最適か, 詳細についてはなお検討を要する問題であろう. 目下は主として側筋, 一部側甲状披裂筋の筋走向を模する様, 糸の方向を決めている. 一時的ではあるが, 梨状窩の腫張防止のためには梨状窩の翻転した粘膜を元にもどし, 死腔を形成せぬ様, 埋没固定縫合を積極的にやった方が良いかもしれない.


【まとめ】

声帯の内方 (正中方向) への移動には
  1. 甲状軟骨形成術 I 型(窓型)または
  2. 披裂軟骨内転術のいずれかを選ぶ.
甲状軟骨形成術 I 型の特徴 手術侵襲が少なく, 術中の発声状況により声帯移動程度を調整できる. 左右声帯レベル差のない声門中間隙に適している.
披裂軟骨内転術の特徴 声門大間隙, 左右声帯レベル差症例に適しており音声改善効果は確実

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Last update: March 16, 1999