喉頭機能外科 : VI 喉頭の機能外科 : 実験17 輪状甲状軟骨間距離音声ピッチ
: VI-5 声帯緊張術
: VI-5-A 輪状甲状軟骨接近術 ― cricothyroid approximation


実験17 輪状甲状軟骨間距離音声ピッチ

実験目的

  1. 輪状甲状軟骨間距離と音声ピッチとの相関が明らかになれば, 術前どの程度, 両軟骨問距離を接近せしめれば良いか判るのではないか.
  2. 輪状甲状軟骨接近法のテクニークとして糸をかける部位, 個数の検討

実験方法

人摘出喉頭 (男4, 女2) を用い, 実験2に準じ輪状軟骨を固定, 両側筋方向 20gr または 50gr づつ, 横筋両方向に 10gr づつの負荷を加え, 各筋収縮を摸し, 声門閉鎖状態を形成し, 呼気送気により吹鳴で発声せしめた.

甲状軟骨正中下縁, 輪状軟骨同上縁をマークし, その直線距離を輪状甲状間距離 C-T distance (cricothyroid distance) とした.

輪状甲状軟骨接近 cricothyroid approximation の方法 (図161)

  1. 甲状軟骨正中部に錘をかける (図161右)
  2. 甲状軟骨, 輪状軟骨を種々の部にかけた糸を結び接近せしめる (図161 左1, 2, 3)

以上の条件下で音声を録音, 音声ピッチを測定した.

実験結果

A] 正中部錘による実験

[1] C-T 間距離声の高さ (対数尺)

正中に鍾をかけ C-T 間蕗離をかえた場合の音声のピッチの変化を図162に示す. 症例個々により変化の度合は異なるが, 全体としてはほぼ直線的関係を示している. (ピッチは対数尺で表わしてある事に注意.)

単位距離変化あたりのピッチ変動 (グラフでの傾斜) は, 女性 (No.1, No.2) の方が男性よりやや大きい. C-T 間距離 1mm の変化で0.15セミトーンから0.9セミトーンの変化が起こる.

これは C-T 間距離の短縮により声帯のスチフネス増加, 厚みの減少などによるものと考えられる.

[2] C-T 間接近力と声の高さ

正中にかけた鍾とピッチの関係を図163に示す. 約 30gr まではピッチの急激な上昇を見るが, それ以上錘を増量しても, ピッチの変化は著明でない. この関係は次の所見とも一致する.

[3] C-T 間接近力C-T 間距離 (図164)

錘が 50gr までは C-T 間距離は急激に変化するが, 50gr を越すと, あまり変化しなくなる.

[4] C-T 間距離の変化の限度

C-T間接近力を加える事により元の C-T 間距離の 31〜64% 変化 (短縮) した(図164).

[5] C-T間接近力声帯長 (前連合より声帯突起)

荷重が一定限度 (50〜100gr) を越すと声帯長はもはや, あまり延長しなくなる(図165).

最大負荷時の声帯長と 50gr 負荷時の声帯長を比べてみると, 全例において, 50gr 負荷ですでに最大声帯長の90%を越えており, 50gr 負荷ではほぼ最大延長効果に近い働きをなしているといえる.

B] ナイロン糸による輪状軟骨, 甲状軟骨の接近

[1] C-T 間距離音声ピッチ

縫合の部位 (図161) により両者の粥係が異なるかどうかを検討したが, 男1例では縫合部による差を認めない (図166). C-T 間距離こ比例して音声ピッチは直線的に (対数尺で) 変化する. 女性の1例では図167の如く(2) の縫合の方が (1) の縫合より急なピッチ上昇を示す. 換言すると C-T 間距離が同じならば (2) の縫合がより効果的といえる. 他の例についても検討した結果は(2)の縫合がより効果的なもの2例, 差を認めぬもの3例であった. (3)の縫合では(2)と類似効果だが他の影響つまり喉頭の回転効果も出て来る.

輪状甲状軟骨接近術に際し, どこに糸をかけるかの問題は効果を判定した上記実験成績の他に, 解剖学的特徴をも考慮に入れねばならぬ.

正中部では甲状軟骨はうすく, 柔らかく, 糸が気道腔内に入る恐れがある. 甲状軟骨前筋直部の付着部位は軟骨が厚く, 固く, 糸の負荷に耐えうる利点があり, 又糸が腔内に出てしまう恐れも少い.

本実験の限界

本実験は声帯腫張のない条件で行なったものである. 所が臨床例では声帯肥厚な主因で声が低すぎる場合が多い. 従って C-T 間接近による効果は, 臨床例では本実験で得られたデータほど著明ではないかもしれない.


【 まとめ 】

輪状軟骨甲状軟骨間距離と声の高さ (対数スケール) の関係は ほぼ直線的比例関係にある. 1mm 短縮すれば 0.15〜0.9 セミトーン声の高さは上昇する.
輪状甲状軟骨間接近力と声帯長, 声の高さとの関係は 50gr までは著明に変化するが (最大声帯長の 90% まで) それ以上増加せしめてもあまり変らぬ.
輪状軟骨, 甲状軟骨接近術のためにかける糸の部位は 甲状軟骨の前筋 (直部 pars recta) の起始部付近が望ましい.

声帯緊張術臨床症例

低すぎる声に対し手術的療法を行なったのは女性6名であり, 5名では輪状甲状軟骨接近術 C-T approximation を行ない, 他の1名では一側甲状軟骨翼を縦切開, 間に弾性シリコンを挿入, 甲状軟骨翼の横径拡大により声を高くした.


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Last update: March 16, 1999