喉頭機能外科 : III 発声障害のメカニズム : 実験7 両声帯質量不均衡時の声帯振動に及ぼす影響について
: III-3 声帯質量不均衡
: III-4 声帯粘膜の移動性


実験 7 両声帯質量不均衡の声帯振動に及ぼす影響について

実験目的

  1. 声質量不均衡の声帯振動, 音声に及ぼす影響を知る事, とくに嗄声を来し得るか,
  2. 右声帯が異なった周波数で振動しうるか.

実験方法

実験2 (図9) に準ずる. 使用した喉頭は人2, 犬2であり, 対照実験を行った後に, 写真 (図41) の如く一声帯に小鉛板 (39mg) を接着剤 (アロンアルファ) で声帯上面 (声帯振動部ほぼ中央, なるべく辺縁寄り), に接着せしめた. 音声録音, 声門下圧, 呼気流率の測定あるいは記録を行い, 声帯振動は高速度映画 (6000駒/秒) に撮影した後分析した.

振動前の声門面積 Ag0 はスチール写真の計測により行った.

※実験条件 →表3

実験成績

A) 声門間隙 Ag0 が小さい場合

重量負荷 (20mg〜60mg) を行なうと,

  1. 重い方の声帯の位相が遅れ,
  2. 振巾が小となり,
  3. 軽い方の声帯が中央線を越えて振動するが,
  4. 声帯振動の規則性は保たれ,
  5. 両側声帯の振動数は同一である.
  6. 声の高さはやや低くなる.

以上が最も屡々見られた原則的所見である (図42). ところが i) 質量不均衡が著しい場合, ii) 鉛板が声帯辺縁近くに接着している場合 (辺縁から突出していない), iii) 声帯緊張が小で弛緩した声帯の場合などでは, 声帯振動様式はさらに複雑, 不規則となり声も嗄声になる. 鉛板の接着, 離脱をくりかえし行った実験では声門閉鎖不全がなくとも (Ag0 < 0.01cm2) 質量不均衡のみでも声帯振動は不規則になり嗄声となる可能性が示唆された. すなわち図43では鉛板のない場合には下図の如く規則的振動をしているが, 右声帯鉛板付着により, 重量負荷側の位相の遅れ, 振巾の減少のみならず, 振動がやや不規則となって いるのが判る.

両側声帯緊張小で, 重量負荷を 57mg と増加せしめると, 負荷側の位相は極めて遅れ, 殆んど逆相となり, 振巾も極めて減少する. 軽い方の声帯は中央線を越えて振動する (図44). 重量負荷により声門抵抗は増加し, 振動し難く, 発声に必要な最低声門下圧は上昇する. 発声開始時を分析すると声門は一旦開大し, 振動を徐々に始める (振巾が漸次増加) のが判る.

図45は質量不均衡時, 声帯緊張度の及ぼす影響を例示したものである.

声帯負荷重量は全く同一条件でも声帯緊張度によって振動パターンはかなり異なって来る. すなわち緊張がある程度あれば位相のずれが主な所見であるが(図45上), 緊張が小さいと図45下の如く位相差著明, 振巾著明減少となる.

B) 声門間隙 Ag0中等度の場合 (声門閉鎖不全)

声帯質量不均衡に声門閉鎖不全が加わると振動様式はさらに複雑かつ不規則となる. 図46の如く左右声帯が異なった振動数で振動し得る様になる. 但し振動数といっても規則性のある振動ではないので厳密な意味での周波数とはいい難い. 声は二重音声と表現し得るが気息性因子も高い高度嗄声である. 0.05cm2 > Ag0 > 0.015cm2 程度の中等度声門閉鎖不全では重量負荷により明らかに規則性が乱れ, R嗄声を来した.

C) 声門間隙大 Ag0 > 0.05cm2 の場合

声門間隙大な場合, 鉛板がなければ, 声門は閉じず声帯は小振巾で比較的規則的振動を行っており音声は高度気息性である. この際小鉛板を一側にのせると (40mg), 嗄声の種類は変化する. すなわち気息性からR型二重声, ないしRB型となる. 声帯振動は不規則となり, 重い声帯の位相は遅れる. 軽い方の振巾は大きく正中を越えて振動する事もある. 重量負荷により気息性→粗[米造]性となるのは質量増加のため声が低くなるという因子も関与しているかもしれない.

生理実験では純粋に一側声帯質量のみを増加せしめる事は不可能であり, 声帯の一部が重くなり, また辺縁部につければ声帯上面 (粘膜, 石坂のモデルではM4), 辺縁よりやや離れてつければ声帯筋部 (M3) が増量した事と相対的に近似して来る. 声帯上面にアロンアルファーで鉛板を付着せしめる事により声帯上面の粘膜移動性も低下し, またスチフネスも多少影響をうけると考えられる. 従って鉛板をのせて嗄声になったからといって直ちに「質量不均衡のみで嗄声を来し得る」とは断言し難い. 緊張不均衡よりも質量不均衡は生理実験で純粋に他の因子に影響を与えずに作る事は困難といえる.

声帯質量不均衡の計算機シミュレーション

結果を図474849に例示する. 生理実験と同様,

  1. 重い声帯の位相が遅れ,
  2. 振巾は減少,
  3. 軽い方は正中線を越えて振動する.
  4. 質量差を増せば位相差, 振巾差がより著しくなる.

但し両声帯の振動数は同一である. (図47 M3 の質量不均衡)

声帯筋部 (M3), 粘膜上面 (M4) ともに一側のみ重くすると図48の如き振動をする. 下のカーブは質量不均衡をより大きくした場合で左右位相は殆んど逆相となる.

粘膜部(M4)のみ重くすると図49の如くかなり変形した振巾波形を示す.


【まとめ】

声帯質量不均衡時の声帯振動と音声

声門間隙のない又は小の場合

質量不均衡声帯の振動:
規則的,
左右同一周波数
重い声帯の位相遅れる.
重い声帯の振巾小さい.
音声:
ほぼ正常

声門間隙ある (中等以上)場合

声帯振動:
不規則になる傾向.
周波数左右不同の事あり.
重い声帯の位相が遅れる.
重い声帯の振巾が小さい.
音声:
粗[米造]性R型嗄声になりやすい.

§. 質量不均衡の声帯振動に及ぼす影響は周期性, 位相, 振巾の点については緊張不均衡の場合と相似している (声門閉鎖不全ない場合).

§. 特徴的な事 : 声門閉鎖不全に質量不均衡が加わると声帯振動がより不規則となり, 気息性因子に加えて粗[米造]性因子が増加する傾向が強い.

未解決の問題

声門閉鎖不全がない状態で声帯辺縁に小鉛板をつけると正常声が嗄声となり, はずせばまた正常声となった. 声門閉鎖不全がなくとも (Ag0 = 0) 質量不均衡のみで嗄声を来し得るといえそうだが, 鉛板接着による artefact を考慮に入れると結論を出しかねる. 計算機シミュレーションによっても, 声門閉鎖不全がなく質量不均衡のみで嗄声を来す条件を未だ探し得ていない.


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Last update: March 16, 1999